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「お話は理事長室でとお伝えしていたはずですが」  その言葉を皮切りに、ファランヴェールはカーミットに対し、バイオロイド管理局の日ごろの横暴さを抗議し始める。  その間ずっと、フユはカーミットの言葉を頭の中で反芻していた。  シャンティホテルでの爆破テロではバイオロイド解放戦線が犯行声明を出していたことは知っていたが、実行犯が、ティア・タイプのバイオロイドだったのは初耳だった。フユの両親は、バイオロイドに殺された、と。  それに、である。火薬の使用が厳しく規制されているネオアースにおいて、爆破テロを起こせる組織は限られている。テロガランダの地下街での事件もバイオロイド解放戦線が絡んでいることは容易に想像できたが、自分を狙ったものだというのは……  フユの脳裏に、地下街で会った虚ろな目をした灰髪のバイオロイドが浮かぶ。  なぜ?  フユには、自分がテロの標的になる理由が分からない。  きゅっと、誰かに手を握られた。横を見ると、ヘイゼルがフユを覗き込んでいる。その黒い瞳はフユに『どうかしたの』と語りかけているようだ。  ヘイゼルにとっては、タイプが同じだからどうだという意識はないのだろう。しかし、人間にとってはそうではない。男性型も女性型もどちらも小柄で、中性的な容姿を持っているバイオロイドは、髪形や色が似ていれば、どうしても似たように見えてしまう。  それがさらに、個体数の少ないティア・タイプとなると……  フユの中に、ヘイゼルに対する恐怖心は今はもうない。しかし二つの事件の詳細が世間に公表されたとき、ヘイゼルに対する風当たりが強くなるだろうことは容易に想像できた。 「大丈夫だよ」  フユがヘイゼルの手を握り返す。ヘイゼルは純粋な笑みを顔に浮かべた。  結局、カーミットはファランヴェールに追い返される形になった。それがファランヴェールの迫力によるものなのか、それともこの学校での目的をカーミットがもう果たしてしまったからなのかはわからない。  カーミットが、街灯に照らされた道を校門へと歩き去るのを見届けた後、フユはファランヴェールから「もう理事長室にはいかなくていい。部屋に戻りなさい」と告げられた。  しかし、フユと一緒にコンドミニアムに向かおうとしたヘイゼルは、ファランヴェールに首根っこをつかまれてしまった。 「ヘイゼルは、メンテナンスの後、懲罰房行きだ。一週間、そこでたっぷり反省するといい」  世の中のすべての憎悪を集めたような目で、ヘイゼルが白髪のバイオロイドをにらんだが、それは全く効果がなかったようだ。  フユへの哀願の声を残しながら、引きずられるように、ヘイゼルはファランヴェールに連れられて行った。 ※  訓練の翌日は学校が休みだったということもあり、フユはほぼ一日中、部屋で勉強して過ごした。通い出してからまだ一か月も経っていないが、学科試験に不安はほとんどない。問題はその後に控える実技試験である。  学費免除がなければ、もう両親がいないフユにとって、この学校に通い続けることは経済的に難しい。  だから特待生という立場を失うわけにはいかない。今、それを脅かす存在と言えばただ一人、クールーン・ウェイである。  学科試験でできるだけ差をつけ、不安なく実技試験に臨む……そう思い、迎えた第一タームの学科試験、フユは全科目、ほぼ思い通りにこなすことができた。 「どうだったんだ?」  学科試験の最後が終わった後、カルディナがフユに話しかけてきた。  カルディナのお姉さんであるセフィシエ・ロータスの店に行って以来、フユはことあるごとにカルディナと話すようになっている。  幸い、セフィシエの店自体は爆破事件による被害はなかったが、地下街の一部が閉鎖されているのと、事件以降、地下街に入る者への身体検査が厳しくなり、お店に来る客が減ってしまったのが、今のセフィシエの悩みなのだそうだ。 「なんとかね。カルディナは?」 「まあまあかな」 「次は実技だね」  休みを挟んで二日間、実技試験が行われる。一日目は走行試験。二日目が捜索活動試験である。 「手加減はしないぞ」  銀縁眼鏡を指で触りながら、カルディナがそう応じる。それに対しフユは笑いながら「もちろん」と答えた。
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