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 実際のところ、ヘイゼルが落下した高さはさほどのものではなかった。平均的な人間が手を伸ばせば届きそうなものである。逆にそのことが災いし、ヘイゼルは着地姿勢をとることができなかった。  床が固ければ、ヘイゼルは強く腰を打ってしまっただろう。しかし、そうはならなかった。何か軟らかいものの上に落ちたのだ。 『ヘイゼル、なにがあった』  フユからの圧縮暗号が、ヘイゼルの頭の中に聞こえた。ヘイゼルは、落ちる瞬間に意味をなさない暗号をフユに送ってしまったようだ。  見上げると、崩れ落ちた床の向こうにオーロラが見えている。 『落ちた。でも大丈夫』  辺りは建物の中よりもさらに暗い。しかし、視線を横に向けると、うすぼんやりとした光が、点々と奥の方へと続いていた。電気を必要としない発光体のようである。地下通路だろうか。  ここから上へと、せり上がり装置があったのだろう。それが崩れ落ちたようだ。 ――なぜ、こんなものが教会に。  ヘイゼルは不思議に思いながらも、立ち上がろうとして、不自然なほど柔らかいものが自分の手に触れているのに気が付いた。暗がりで見えにくいが、生暖かい感触が手に伝わってくる。  聴力に比べ、バイオロイドの視力はさほど良くはなく、ほぼ人間と同じである。目が暗さになれるのを待たずに、ヘイゼルは目の前のものにさらによく触れてみる。  そしてすぐに理解した。自分が触れているものの正体を――  ヘイゼルは、慌てて手を引っ込めた。そして周りを見回す。暗さに慣れてきたヘイゼルの目に、倒れ、動かなくなっていた人影が映る。  一体、二体、そして三体――比較的小さな体はどれも、何も身に着けてはおらず、裸だった。 『戻って、ヘイゼル。これは命令だ』  フユの言葉は、しかしヘイゼルの頭には入ってこない。  スクールウェアの腰に巻かれているベルトに手を触れた。スイッチを入れるとベルト全体が青白い光を放ち始める。その光に、床に転がっているものが照らされた。  長い髪は、ベルトライトの光を鈍く反射している。ヘイゼルにはそれが『灰色』だということがすぐに分かった。耳は少し細長く、先端が二股に分かれている。 『バイオロイドを、三体発見。生体反応、無し』  フユへと圧縮暗号を送った。ヘイゼルは、もう少しよく見ようと、うつ伏せになっている一体の体を仰向けにする。  力の入っていない首が、勢いのままに反対側に傾いた。細い眉の下では、少し生意気そうな目が見開かれている。その真ん中にある黒い瞳にはもう光はない。  目の前のバイオロイドは女性型である。しかし、その中性的な整った顔立ちは、ヘイゼルが鏡の中でよく目にする顔とそっくりなものであった。 『救助隊に任せるんだ。早く戻れ』  また、フユの言葉がヘイゼルに伝わる。それとほぼ同時に、悲鳴にも似た圧縮暗号が、ヘイゼルの耳から低周波としてフユへと送られた。
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