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「これを、見たことがありますかね」  カーミットがトレンチコートの懐から薄っぺらい紙片を取り出し、視線を前に向けながら、フユの方へと差し出した。  フユがそれを受け取る。手のひらに収まるほどの大きさのものは、モノクロかと思うほどに色の無い、一枚の写真だった。デジタル画像ではなく、プリントされたものである。  そこに写っているものに、フユは一瞬息をのむ。円の中に、広がっていく三本の線の入ったマークが見えた。 「どこで、ですかね」  フユの気配を感じ取り、カーミットがそう続ける。 「いえ、見たというよりは、聞いたという方が正しいでしょうか」  フユは何事もなかったようにそう返した。 「聞いた?」 「ええ。先日の火災現場で、建物の中に入ったヘイゼルが、このマークと同じような特徴のものを見たと」  そのままフユが写真をカーミットへと返す。 「ふむ。やはり、か」  カーミットはそれをまた懐へとしまい込んだ。 「やはり? それは、あの教会の中の写真じゃ」 「私は、あそこには入れませんでしてね。これは、別の場所で撮ったものですよ」 「それは何のマークですか」  フユの質問に、カーミットは顔をわずかに動かし、視線をフユへと向けた。目の奥の、さらに深い場所を覗き込むような視線。フユは、目をそらせたいという欲求に打ち勝つだけで精いっぱいだった。 「なるほど、君は本当に知らないようですな」  カーミットが、その視線から鋭さを消す。フユは思わずふっと息をついた。 「こりゃね、『バイオロイド解放戦線』のシンボルと言われているものですよ」  ガシャンという派手な音とともに、フユが持っていたカバンが地面に落ちる。 「おっと」  フユはそう小さく呟き、大きめのハンドバッグほどのカバンを拾い上げ、ついた埃を手ではたき落とした。  そのままカバンを開け、中に入っていたノート型の情報端末を見る。 「良かった、壊れてなかった」  また、そう小さく呟き、情報端末をカバンへとしまった。 「すみません、『バイオロイド解放戦線』と聞いて、少し驚きました。何せ」  そこで言葉を切り、フユはカーミットと再び目を合わせる。 「父を殺した組織ですから」 「そうでしたな。例えばですがね、お父さんの持ち物にこのマークがついていたとか、そういうことはありませんでしたかね」 「いえ、無いです」  答えてからフユは、少し後悔をした。返事が早すぎたように感じたからだ。 「そうですか」  しかしカーミットは、それをさほど気にする様子を見せない。 「それはどういう意味ですか。父が、その組織と何か関係あるのですが」 「関係あるのかないのか、それを調べるのが私の役目というやつですよ」 「でも、父は彼らに殺されたのでしょう。父がテロ組織と接触しているとは聞いたことがありません」 「ええ、まあ、そうですな。別に『関係』というのは、君が思っているような『仲間や協力者』とは限りませんでしてね」  カーミットの言葉に、フユは自らの失敗をリカバーできなかったことを悟った。きっと目の前の男は、フユがあのマークを見たことがあると思っているに違いない。そしてそれはその通りなのだ。  そのマークは、家族写真の裏にあった。その写真は、両親との唯一の思い出と言っていいものである。  なぜそこに。  内心、フユの動揺はかなり大きいものだった。しかしそれを今考えたところで答えは出てきそうにない。カーミットに向けて肩をすくめて見せる。 「僕には想像がつきません」 「ですか」  ただ、カーミットにはそれ以上フユを追求するつもりはないようだ。 「そういや、ヘイゼルはまだ姿を見せませんな。どこにいるのです」  そう話題を変えた。 「今はメンテナンスをしています」 「ああぁ、そうでしたか。そういや、君はこの話は聞きましたかね」  もったいぶったように、カーミットがそこで言葉を切る。 「なんです」 「先日の火災で死んだバイオロイドの中に、ヘイゼルとDNA型が同じものがいたって話ですよ。しかも複数」  カーミットはその言葉を聞いたフユの反応を見届けると、視線をゆっくりと前へ向けた。
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