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※  理事長室の窓の外は、夕暮れの赤い光もすっかり消え失せ、星とオーロラが放つ淡い光があるだけの暗闇になっていた。 「ご苦労だったな、ファランヴェール」  様々な経験をしてきたものにしか出せない重厚な声で、その男、キャノップ・ムシカが、たった今状況の報告を終えたばかりのファランヴェールに労いの言葉を掛ける。 「このような事態になってしまい、申し訳ありません」  しかし、ファランヴェールは深々と頭を下げ、謝罪の言葉を口にした 。  殊勝な様子のファランヴェールに対し、本来ならば苦笑の一つでも見せたいところだ。しかし、起こってしまった事態の重さに、キャノップはそうすることを思いとどまった。 「君のせいではない。あのような事件、予見できるのならそれは預言者か超能力者だからな。全く、一年も経たずして二度目の爆破テロとは、一体、治安警察は何をしているのやら。そして、その二度ともに、フユ・リオンディとフォーワル・ティア・ヘイゼルが巻き込まれている。偶然と思うか」 「分かりません」 「偶然も、重なればそれは必然だ」  ふう、と息をつくと、キャノップは大きな椅子の背もたれにそのがっしりとした体格を預ける。キィという椅子がきしむ音がした。 「まだ事件の詳しい状況は分かっていない。それが分かり次第、君にも教えよう。それにしても、君が誰かの指揮を受けるとは、驚きだな。私ですらなかったことなのに」  腕を組み、キャノップがファランヴェールを見上げる。その口調には、嫌味も外連味も含まれてはいない。ただ、純粋な驚きの中に少しばかりの嫉妬が混じっている。 「あの状況では、ああするしか」  対して、ファランヴェールは少し困った表情を見せた。  キャノップの言う通り、ファランヴェールがこれまでエイダー主席の座に居ながら現場に出ることが無かったのは、誰の指揮も受けようとしなかったからだ。しかし今回ファランヴェールは、コンダクターにもまだなっていない入学したての一人の生徒を、臨時であれ、自分の指揮者と認めた格好になる。 「フユ・リオンディという少年は、それほどミグラン社長に似ているのか」 「いえ、そういうわけでは」 「別に責めているわけではない。君が現場に出られるのなら、この学校にとってはいいことだろうからな。どうせ私ももう現場に出る立場ではない」  キャノップの言葉に少しばかりの寂しさが加わる。ファランヴェールの表情が、今度は申し訳なさそうなものに変わった。 「すみません」 「気にさせるつもりはなかったのだが、いや、すまなかった。それより、フユ・リオンディの様子はどうだ」 「肉体的な損傷は全くありませんが、精神的にかなりショックを受けているようです」 「そうか。まあ、無理もないだろう。引き続き彼らを見ていてくれ」  話はもう終わり。キャノップが立ち上がり、そういう仕草を見せる。しかしファランヴェールがそれを止めた。 「ヘイゼルが戻ってきていません」  結局ヘイゼルは、あの後姿を見せることはなかった。かといって、学校に戻っていたわけでもない。それはつまり、『脱走』を意味している。  しかし、キャノップはそのことを気にしてはいないようだ。 「もし、ヘイゼルに『パーソナル・インプリンティング』が組み込まれているのであれば、必ずフユ・リオンディの許に戻ってくる。だから放っておけばいい。もし、そうでないとすれば、探さなくてはならないがな」  キャノップは、黒いビジネスバッグにいくつかのものを入れた後、口を締める。 「本当に脱走なら、時間が経てば経つほど発見が難しくなりますし、学校の管理責任も問われることに」 「明日になってもまだ戻ってきてなかったら、エンゲージを使う。あれは、一定範囲内の全てのバイオロイドの位置を把握することができる能力を持っている。すぐにでも見つかるだろう。心配しなくていい」  そう答えると、キャノップはファランヴェールに自分と一緒に退室するよう促した。 ※
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