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「へあっ⁉」  え⁉ なんで⁉ なんで私、推しに土下座されてるの⁉ え⁉ 推しに謝らせてるとか、なにこれどんな罰ゲーム⁉ 自分のせいで推しが誰かに謝る羽目になる事程、推しを推していく人間にはタブーな事ないって知っての所業ですが、これは!  周りの近衛師団の方々から、何事かと言わんばかりに目が向けられる。が! それはこっちが問いたい事であって、問われる事ではない! 「ト、トトトト、トーチさん⁉」と、慌ててトーチに向かって口を開く。 「あ、あの、何をして……」 「私の不注意で、貴方様をこのような危険な目に合わせてしまった……! あまつさえ、あのような下品で粗暴な姿をお目にさせてしまい、なんと謝罪申し上げれば……!」 「今回の件の責は、全て私にあります! いかなる処罰も受けるつもりです!」と、トーチが土下座をしたまま、叫ぶように言葉を続ける。  い、いかなる処罰も受けるって……、うん、君、ちょっと真面目すぎないかね⁉ 「いやいや! 何言ってるんですか! 責って、そんな、だってトーチ、私を助けにきてくれたじゃないですか!」 「ですが、私がきちんと貴方様の側に居れば、こんなことは起きなかった筈ですっ。いえ、そもそも奴等の狙いは最初から私にありました。シンデレラ様は、それに巻き込まれたに過ぎません。私があの場にいなければ、こんなことにはならなか、」 「そんなこと言わないでください」  ぴしゃりと、自然とその言葉が口をついて出た。 「え」とトーチが、驚いたように顔をあげた。たぶん、私の言葉が予想外だったのだろう。  私も、思いのほか強く出た自分の声音に、正直びっくりしている。  でもそれ以上に、嫌だ、と思った。  自分の大好きな人が、幸せになって欲しいと願う相手の口から、自分がいなければよかったなんて――、そんな言葉が飛び出すなんて、絶対に嫌だ。 「なんでも罰を受けてくれると言うのなら、自分がいなければなんてこと、絶対に言わないで」  ぽかんと、目を見開いて固まるトーチ。  なぜそんなことを言われるのかがわからない――、そんな言葉が書かれたような顔で、トーチの、闇夜のような真っ黒な瞳が、私を見てくる。  そんな黒目をまっすぐに見据えながら、ニッと私は笑う。「それにですね、」と、まだまだ言いたい思いを言葉に乗せて、トーチに届ける。 「私は、私の”好き”で貴方の隣を歩いたんです。私が、貴方の隣を、歩きたかったんですよ」 「だから、責任があるというのなら私にもある筈ですよ」そうお茶らけた感じに言えば、トーチが困ったように眉を八の字に垂らす。そうして、ふっと俯いてしまったかと思うと、そのまま無言無反応状態となってしまう。 (あー……。励まし失敗かな、こりゃ) 「トーチさーん?」と試しに呼んでみても、当然返事はない。  まぁ、主一途の忠犬ボーイなトーチくんですからなー。いくら私本人が許しても、主の大事な人を大変な目に合わせた失態を、簡単になかった事にはできませんもんねー。仕方ないっちゃ仕方ないことですよなー。 (……本当、どこまでいっても主思いの"いい人"、なんだから)  まっ、今回の件で、私も恋愛ルート発生無理強いはよくないって悟りましたしねー。  よくよく考えれば、私だって、好きでもなんでもないジャンルの作品を「これめっちゃ面白いから絶対見て!」「見ないとかないから見て!」「いいから見て!」ってぐいぐい布教されたりしたら嫌だもんなー。好きの押しつけは、布教じゃありませんってな。 (それに……、別に、推しが幸せになってくれる事が最大の目標だって言うのなら、“私”が相手である必要は、どこにもないんだよね)  いやむしろ、本来ならばそっちのが正しい姿なのでは? だって、ヒロインとのルートがないだけで、恋愛自体は禁止されてるわけじゃない筈だし。てことは、ヒロイン以外のこの世界で暮らす誰かとならば、トーチが恋人同士になることはできるというわけだ。 (推しが誰かほかの人のものになると考えると、正直血涙案件だけどね……っ!)  でも、推しが幸せならもーまんたいです! 推しの幸せが、私の幸せ! 血涙ぐらい、いくらでも堪えてみせましょうぞ……! んぎりぃっ!  と、 「……『運命』には、ずっと従わねばならないものだと、そう思っていたんです」  ぽつりと、唐突に、トーチが小さく言葉をこぼした。 「へ……?」 「どう足掻いても敵わないものだと、そう思っていたんです。最初から、そうだと決めつけられてしまった以上、それを変える事は困難であり、決して、そう何度も簡単に、やすやすと出来るものではない。けどだからこそ、例えそれで苦しめられる事があったとしても、それが『運命』だと思えば、どんなことだって仕方がないと、そう割り切ることができると、ずっと思っていたんです」  あ、と思い出す。  そうだった。確かトーチは、盗賊生まれの酷い環境下で育てられてきて、けどそれが致し方ない事だと、自分の『運命』なんだって、思い続けてきて――……。 (そっか。だからあの時、あんな風に言ってきたんだ) 『あなたにはもっと、相応しい『運命の相手』が居るはずです』――私を振る時、そう告げてきたトーチを思い出す。 (トーチはずっと、『運命』って言葉に縛られてきたんだ)  生まれや境遇という『運命』に苦しめられ、けれどフロイド王子との『運命』的な出会いのおかげで、新しい人生を歩めるようになった。彼の人生はずっと、この『運命』の2 文字で出来ていたんだ。  だからたとえ"シンデレラ"が自分の事を好いてきたとしても、彼にとって"私"は王子の『運命』の相手。その『運命』の相手が自分を好きになるだなんて事、彼にとっては理解もできない事だったんだ。  ……そう考えれば、あの『くっつくべき方』って言い回しにも、なんかちょっと納得がいくかも。  シンデレラの"私"は、絶対に王子と『くっつくべき筈の運命』の相手、という意味できっと使われたのだろう。  はは。そうよねー。トーチが、ここが乙女ゲームの中の世界、なんて知ってる筈ないもんねー。むしろ知られてたら、絶対に身どころか、距離すらも置かれそう。  100%絶対にくっけませんわ。はははははは涙  とほほ、とがっくりと肩を落としながら心の中で泣く。  が、その瞬間、「でも、思い出しました」と、トーチが顔をあげた。 「例え、それが『運命』だとしても、自ら歩み寄らなければ、つかみ取れない『運命』もあったのだと」 「え」  それって、フロイド王子との出会いの話だろうか。どれだけ運命的な出会いでも、あそこでトーチがフロイド王子に従う事を自ら選ばなければ、今のような人生はなかった的な? 「どういう意、」とその言葉の意味を尋ねようとしたその時だった。  すっ、と何かが頬に触れる感触がした。硬い、ちょっとゴツゴツとした感触の、けれど温かみのある何かが、私の頬を優しく撫でる。  まるでそこにある輪郭を、感触を、確かめるかのように触れてくるそれが、普段は黒い布越しにしか見ることのない、目の前の人物の手であると気づいた、その瞬間――、 「貴方様が無事で、本当によかった。――Ms.シンデレラ」  そう、掠れるような声音で呟いたトーチが、ゆるりと、そこにあるものを慈しみ見るかのような笑みを――、その顔に浮かべた。  ボゥッフン!!!! と激しい爆発音と同時に、私の顔が茹ったのは次の瞬間の事だった。 (え、ちょっ、待っ、はぁ⁉ はぁん⁉)  い、今の何⁉ え、今の台詞! 貴方様が無事でって⁉ え、それは、トーチ個人が私をってこと⁉ いやいやいやっ、そんな、バカな! 絶対どこかに副音声で「我が主の大事な人」って入ってる筈……! 筈、でしょ⁉ 「え、へ、あへっ⁉」と混乱の声をあげる私に、トーチがにっこりとほほ笑む。  いつも通りの優しい好青年のトーチの顔が、そこにはもう完璧に浮かんでいる。 (どっち⁉ これは、一体どっちなの⁉)  と、突然の供給ファンサは、こちらの脳みそがキャパオーバーになりますので、おやめくださいませ、推し様~~~~~~~~~~!!!!  ぷちり、と燃え上がりすぎた脳みそが、音をたてて思考回路の全てをシャットダウンする。ふらぁ~っ、と後ろに倒れていく感覚がし、慌てたように「シンデレラ様⁉」と声をあげる推しの声が聞こえる。  けれどもうダメ。限界の越えた推し女の脳みそは、もう何も受け付けられない。  でもそれでも。  悲鳴をあげる脳みその片隅。  全てが消えるその前に、ポン、と浮かんだもの。それを1つ述べるならば――……。 「お、推しのイケメンスマイル尊すぎか~~~~~~~~~~~~~~~っ」  貴方のスマイルがこの世で一番しゅき~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!  焦る推しと、「何事だ⁉」と慌てたように駆け寄ってくる王子達の声をBGMに、私の意識は幸せの彼方へと吹っ飛んで行ったのだった。  とりあえず、今日も明日も明後日も。私の推しを推す生活は続いていきそうです。はい。  ――END……?

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